臍帯血移植によるガン治療の意味


子供のころ学校の花壇で花の種を蒔き、芽を吹いて花が咲くのを観察したことがあるでしょう。花の種を見ているだけでは、とても咲きほこる花を想像することはできません。

ところで、血液にも種というべきものがあります。「造血幹細胞」というものです。その種が成長すると、様々な形に変化を遂げ、赤血球、白血球、血小板などの花を咲かせます。

白血病の治療に有用

血液の種は主に骨髄のなかにあります。そのほか少量ですが、赤ちゃんのへその緒を流れる臍帯血や末梢血動員幹細胞にもあります。

この血液の種(造血幹細胞)は、芽を出して様々な花を咲かせる能力と、分裂して種の姿のまま増える能力をもっています。つまり生きている限り、血液の種はつきないということです。造血幹細胞のこのような能力を利用して、白血病など血液の悪性腫瘍の治療が行われています。

白血病では、血液の種で正常な白血球が造れなくなっていますから、患者さんの血液の種を取り除き、健康なひとの血液の種に入れ替えてしまうという治療がおこなわれます。

この血液の種(造血幹細胞)を健康なひとの骨髄から採った場合は、「骨髄移植」と呼び、臍帯血から採った場合は「臍帯血移植」と呼びます。移植というと大変な作業にみえますが、実際には点滴で輸血するだけです。

臍帯血移植のメリット

骨髄移植も臍帯血移植も、採取する場所が異なるだけとはいいますが、じつは少し違いがあります。

臍帯血移植のメリットは、ドナーへの負担がまったくなく、移植後の拒絶反応が比較的軽いことが挙げられます。また、HLA不一致でも移植が可能なことが多く、移植に適合する臍帯血を短期間で入手できるので、タイミングを逸することがほとんどありません。

ところで、骨髄にしろ臍帯血にしろ移植治療を受けたときには、ほとんどの場合 GVHD(移植片対宿主病)という副作用が起こります。

ドナーの免疫細胞が移植を受けた患者さんのからだを異物と認識して攻撃排除しようとする反応です。攻撃対象は主に皮膚、肝臓、消化管で、皮疹、下痢、黄疸などをおこし、ときに重症化することもあります。

いまのところGVHDには目覚ましい治療法はなく、免疫系の働きを抑える薬剤で対処するしかありません。

しかし、白血病の場合、患者さんのからだを異物として攻撃するGVHDには、かえってメリットもあるのです。つまり、患者さんの血液中にある白血病細胞も同時に攻撃してくれるのです。このはたらきをGVT効果といいます。

臍帯血移植ではこのGVHDが起こりにくいという長所がある一方、白血病細胞を攻撃するGVTもないので、再発するリスクが高まることにもなります。このため、自分の臍帯血を使わわず、わざと他人の臍帯血や骨髄を使ったり、少しだけ型の違う臍帯血を移植することもあります。

臍帯血移植のデメリット

一方臍帯血移植では、骨髄移植や末梢血移植に比べ、ドナーの造血幹細胞の数が少ないため、患者さんのからだのなかで根づきにくく、増殖しにくい欠点があります。またHLA 適合度が低いと白血球が増え始めるのに時間がかかり、造血の回復が遅れるという欠点があります。

HLAとは白血球の血液型とでもいうべきもので、兄弟姉妹間では4分の1、他人では、数万分の1の確率でしか一致しません。骨髄移植におけるHLA一致率には厳しい基準がありますが、臍帯血移植では適応幅が広く、6抗原中4抗原以上が適合すれば、移植可能なのです。

家族でHLAの型が適合する人がいないのに早急の移植が必要となれば、臍帯血移植という選択になるでしょうし、骨髄ドナーが見つかり、タイミングよく移植ができるのであれば骨髄移植が選択されるでしょう。

我が国の臍帯血移植は世界最多

現在日本の臍帯血移植の件数は世界最多であり、世界の臍帯血移植の1/3が日本で行われている状況です。ちなみに2015年の臍帯血移植は年間1200件にも達しています。これに対し、欧米では幹細胞動員末梢血移植が多くおこなわれています。

日本で臍帯血移植が多いのは、欧米では数百万という治療費がかかるのにくらべ、わが国では健康保険のおかげでほとんど負担がないという点にあるでしょう。

臍帯血民間バンクの危うさ

臍帯血の保管先には、公的バンクと民間バンクがあります。 公的バンクに預けた臍帯血は無償で第三者に提供されます。したがってこれは寄付という位置づけです。おもに白血病など血液の悪性腫瘍に使われます。

これに対し、民間バンクに預ける臍帯血は、赤ちゃん自身とその家族のためだけに利用されますから、有償です。将来必要となるかもしれない再生医療・細胞治療のために保管しておこうというものです。

採取されたさい帯血はそのまま凍結すると細胞がこわれてしまうため、必要な細胞だけを取り出したのち、36時間以内にマイナス196℃の液体窒素の中で凍結保存を行わなければなりません。

民間バンクの場合、これらの操作が無菌状態で正確におこなわれているか、その保管技術や設備に問題はないか、一抹の不安があります。

また現在保管されている臍帯血のうち、成人への移植に必要な、有核細胞8億個以上の臍帯血は、3割程度にとどまるため、いざというとき使用できない可能性があります。

このように臍帯血バンクは厳格な管理が要求されるだけに、民間バンクの経営維持はかなり困難となっている事情があります。

臍帯血移植による白血病治療

ところで白血病など血液系の悪性腫瘍に対し臍帯血移植を行う前には、まず抗がん剤や放射線治療によって、できるだけ白血病細胞を攻撃、消滅させるようにします。副作用として正常な造血細胞にも相当なダメージを与えますが、白血病細胞がほとんど残っていない状態で臍帯血を移植すると、ドナーの造血幹細胞だけが増殖、分化し、落ち込んでいた造血機能が回復してきます。

つまり、臍帯血移植が効果を発揮するためには、その前に化学療法や放射線療法をしておく必要があります。単に臍帯血移植だけをすると、患者さんの免疫細胞が残っているので、臍帯血内の細胞は攻撃され、死滅してしまうことになります。

臍帯血移植による癌治療の無意味

最近、世間で問題となった適応外の臍帯血移植においては、こういった前処置をしないまま、臍帯血移植がされており、GVHDによる副作用が大いに懸念されます。

また、臍帯血移植の適応が認められるのは白血病など血液の悪性腫瘍のみで、他のガンとか肌の若返りなどには、まったく効果は認められていません。それにもかかわらず、臍帯血移植が医師の手で癌治療や美容に用いられたことは、きわめて遺憾と言わざるをえません。