ユングの「無意識」

錬金術

夢の分析

フロイトとならんで、精神心理学の巨匠といわれるユングも夢の分析に重きを置きました。

ひとの心は意識世界と無意識世界からできているため、心の病を治療するには、無意識世界をも観察しなければならない。ところが、本人ですら把握できていない無意識世界を、どうやって知り得るのか?

ユングは、この問題の解決の糸口を夢に見出しました。夢の中では自制心が薄れるため、無意識の世界が表面にあらわれてくる。

つまり夢の深層心理を分析すれば、意識世界と無意識世界、ひいては心全体を把握できると考えたのです。

ユングは無意識を研究するなかで、そこには個人的無意識と、さらに深層に普遍的無意識(集合的無意識)というふたつの層があるという結論に至りました。

個人的無意識というのは、個人個人の経験から生まれたものの自然に忘れ去られたり、抑圧された心です。

それに反して普遍的無意識とは古来あらゆる人々に共通してみられる無意識というものです。

神話や昔話から気づくもの

彼は世界中の神話や昔話などを調べていくうち、そこには我々が日常みる夢や、患者の幻想、幻覚などと共通する部分があり、しかもいくつかの基本的なパターンがみられることに気が付きました。

このことから、ユングは古い先人の体験が自分たちの心の中に刻みこまれ、人類に共通した普遍的無意識というものが生まれてきたのではないかと考えたのです。

それは人種や時代に関係なく、人類共通の行動パターン(元型)で、夢はこの元型の働きによるところが大きいと考えました。

元型は主に7つの形、すなわち老賢者・トリックスター・ペルソナ・影・神的な子ども・アニマとアニムス・グレートマザーをとるといいます。

老賢者(マナ人格)は超自然的な力を備えた偉大な父親的存在。仙人、聖職者、医者、学者などのように権威ある人物として夢や幻像に現れます。
トリックスターはいたずら者や詐術師のように愚かで滑稽な存在。姿を自由に変化させる変容の象徴でもあります。
ペルソナは 本来の自分の姿ではないけれど周りの世界と関わるために装った仮面です。夢の中には放浪者や追放者のような姿で現れます。
シャドウ(影)は今の自分とは別の人格となる可能性があったにもかかわらず、育った環境のため、そうならなかった自分の分身ともいうべきものです。

無意識の壁を越えて、兄弟姉妹や友人の形をとって自分の中に入り込んできます。

神的な子どもは神聖な子、純真な幼児として登場し、永遠の神聖さを象徴しています。神的な子と接することで我執に気づき、自己を素直に見つめることができるといわれます。
アニマは男性が無意識にもっている女性的な感性(情緒、感情、恋愛など)で、それに基づいて、男性は心の中に理想の女性像を作り上げるといわれています。

アニマは男性にとって、情動や感情の潤いをもたらして完成した人間へと導きますが、行き過ぎると情緒不安定に陥ってしまう危険性があります。

アニムスは女性が無意識にもっている男性的な感性(知性や信念、決断力、論理性)で、それに基づいて、女性は心の中に理想の男性像を作り上げるといわれています。

アニムスは女性が成長するため必要な存在ですが、行き過ぎると冷酷で強情になり、非現実的になったりして女性的魅力を失う危険があります。

グレート・マザーはあらゆるものを育てる偉大な母のイメージで、女性の究極的な目標とされています。しかし母には二面性があり、子どもを慈しみはぐぐむ一方、子供を束縛し破滅させてしまうこともあります。

ユングはこのような元型からこころの深層にある普遍的無意識が形成されており、われわれの思想や情念は人類の歴史や文化の影響から決して無縁ではないと考えました。

たとえば、世界中に似通った神話が存在し、時代も場所も全く異なる地域で生まれた宗教や神話、昔話しが現代のわれわれの心を捉えたり、そのなかに自分と同じような人物を発見するのも普遍的無意識によるものと考えました。

つまるところ普遍的無意識があるからこそ、われわれは現在過去を通じあらゆる世界の人々と対話し理解しあえるのであると考えたのです。

またほかの動物についても、さけが産卵のため故郷の川を遡上したり、鳥が羽ばたき方を出生時から知っていたり、昆虫などが天敵の存在を生まれながらに知っているのも集合的無意識のおかげだと考えました。

夢は日常生活の補正作用

フロイトは無意識を抑圧された意識のゴミ箱のようなものと表現しましたが、ユングは無意識にはもっと肯定的な働きがあり、展望の開けた未来につながると考えました。

また、無意識には日常生活のなかでバランスを失った意識状態を補正する働きがあり、夢はまさにその補正作用を果たしているとしました。

ユングは夢の分析にあたり、患者の見た夢から想起される連想や神話、昔話を医師と患者が対等な立場で話し合い、夢の意味や目的をともに考えることによって、治療に生かそうとしました。

これが終生、彼の精神科医としての基本姿勢となりました。

心理療法と錬金術

彼は自ら心理療法を行っていくうえで、中世に流行した錬金術を思い起こしました。

錬金術は金を人工的に造りだそうという、後になってみれば無益な試み(金は元素であり合成できない)でしたが、ユングはその発想や試行錯誤の過程に注目したのです。

すなわち、錬金術は単なる物質の変容ではなく、不完全なものを完全無垢なものに変えるという意味をもつようになり、錬金術師もまた瞑想と祈りにより、作業の進行とともに神と一体化しようとする神秘性的存在となっていました。

それは心理療法において、医師が患者の変容のプロセスに入り込み、ともに考えていくという姿に似ています。

錬金術における第1段階では、密室容器のなかで賢者の石の基となる第1物質と触媒が燃焼され黒化した結合物質ができあがります。

心理療法では、得体のしれない人物として夢にあらわれる影や、黒い闇としてあらわれる抑うつとの対話に対応します。

第2段階では、黒化した化合物が熱で白く固まり成功の兆しがみえます。

心理療法ではアニマやアニムスの統合がおこり、理想と現実を識別することが求められます。

第3段階では、白化した化合物が熱で赤く変色し、いよいよ賢者の石に近づきます。

心理療法では心とからだ、意識と無意識、男性性と女性性など対立しあうものが結合されることに対応します。

この対立しあうものの統合は、錬金術が完成しなかったと同様に実現困難な理想ではありますが、それを目ざすことで、両極間のバランスがとれると考えました。

ユングがこのような対立するものの統合を治療に生かそうとした背景には、生きとし生けるものはすべてエネルギーであり、対立がなければエネルギーは生まれない。

夢は何かと何かの対立から生まれるという考えがありました。

ですから対立するものを曖昧なまま一つに統合するのでなく、対極にあるものをはっきりさせたうえで、統合することが大切であると考えました。

ユングは密教の曼荼羅図にその理想の姿を発見しました。

曼荼羅には多くの神仏、生き物が描かれていながら統一された世界観を表しています。

ひとの心もまた、対立するものを明確に区分けしたうえで、全体としてひとつに纏まった心となって機能しなければならないと考えたのです。

錬金術の研究以来、対立するものの統合はユング終生の研究テーマとなり、80歳を超えてついに、結合の神秘なる大著を完成させるに至りました。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする