家族の絆(きずな)

家族

家族の扱い

ある外国の中年男性が、

「自分はよく娘と一緒に散歩をするのだが、日本人の父親と娘が一緒に散歩するのを見たことがない。日本人が家族を大事にするというのは本当か?」

という質問をしていた。

確かに年頃の娘と歩く父親の姿はあまり見かけない。

しかしそれは家族を大事にしていないという理由にはならない。

むしろそうしたい父親は多いのだが、照れ屋で気恥ずかしいのだ。

同じ理屈で、妻や娘に愛しているよなどという日本人男性はいない。

それは文化の差であって、感情の欠落では決してない。

両親の扱い

人たるもの、物心ついたときから世話になった両親を邪険にできないのは当然であろう。

しかしいったん結婚して家庭をもてば、夫婦を中心にものを考えるのは当然で、両親の扱いは二の次となる。

そこに子供が生まれると、夫婦は途端に始末になり、我が子を最優先とする家庭は少なくない。

身の回りをぐるりと見渡しても、夫婦が第一というものもおれば、子供が第一と宣言するものもいる。

親を第一とするのはかつての武家社会にみられたが、今の我が国にその面影はない。

仮に食糧難の事態が発生したとしよう。貴重な食料がわずか一人分手に入ったとする。

我が国ではまず、夫婦は我慢して子供に食べさせようとする。他人に言われなくてもそうするだろう。

儒教色の残る韓国では、まず両親に食べてもらおうとするだろう。

かたや欧米では、まず夫婦が口にする。残りを子供に分けるという順番になるのではないか。

離婚

離婚でも世界一を争うロシアとアメリカ。ロシアでは5組に3組が、アメリカでは2組に1組が離婚するという。

アメリカは個人主義の謳歌された結果だといい、ロシアは革命後、今までの家族制度を資本主義の罪悪であると断罪した結果、離婚が進んだとしている。

離婚率の高い欧米では、夫婦間がうまくいかなくなると、別れることから話しが始まる。

頭のなかは当面の敵でいっぱいとなり、子供の入り込む余地はない。したがって子供の将来は、後回しである。

我が国では「子はかすがい」といい、その存在は十分に重い。

夫婦仲が破綻しても容易に離婚しないのは、なんといっても子供への影響を第一に考えるからで、この我慢が我が国の離婚率を低く抑えるのに貢献している。

我が国では親子連れが電車に乗ると、親はまず我が子を空席に座らせようとする。

欧米に行くと、電車の空席に子供が先に座ることは少ない。まず年上のものから座るのが常識である。

生まれる国によって、家族の格付けはかくも異なる。

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