般若心経を唱える人々

釈迦

釈迦が説いたもの

その昔、釈迦は、人生は思いのままにならないことばかりであるとの結論に達し、この世は「一切皆苦」であると嘆息した。そしてその苦しみの根源は無明(煩悩)にあり、そのせいで12の不幸が連鎖的におこり、最後に老死という苦悩を迎えると考えた(十二支縁起)。

また「この世はつねに移ろいゆくもので、一時としてとどまることはない(諸行無常)」と述べた。平家物語は勿論、西行、鴨長明、兼好法師など、古来この「諸行無常」ほど、我が国の風流人に好まれた言葉はないのではないか。

つづいて釈迦は、「私とは、自分があると思い込んでいるだけの幻である」という、斬新な思想(諸法無我)を披瀝した。そしてこの「諸法無我」が受容できれば、眼前にみえているものはすべて幻となり、煩悩が消えて肩の荷が降りるというのである。したがって、この世は幻であって、目に見えるものに動揺してはならない。

それらは実体のないもの、すなわち「空」であるとした。

そして以上の説法を理解し、自分のものにできるならば、「心の安らぎを得られ、涅槃の境地に至る(涅槃寂静)であろう」といったのである。

また、視覚、聴覚、味覚、触覚、嗅覚やそれによる心の動きは存在するにしても、つくられたものは虚像であって、実体はないと念を押した。

すべての結果にはそれ相応の原因がある

しかしながら、この世はそれらが互いに関係しあい、因果則(すべての結果にはそれ相応の原因がある)によって動いているとみた。つまり、善行、悪行をすればそれなりの因果応報により、輪廻世界をめぐりつづけねばならないというのである。

そこで彼は、弟子たちに仏法僧(釈迦とその教えとサンガの信仰)を説き、出家して修行(八正道の遵守)により、善行、悪行を含む一切の業をなさず、煩悩を消し去ることだけに集中せよと説いた。その結果、輪廻から開放され涅槃に入ることができるとした。

彼は、苦悩を乗り切ろうともがいている人に、自分で解決できるよう助言を与える存在であって、解決するのは本人であるという姿勢を崩さない。

また、求めてくるものには、誠意をつくして対応するが、自分から進んで、民衆のなかに入って説法するということはしない。自分の立ち位置を明確にしている。

釈迦の教えに従えば、出家するには財産をすべて放棄し、修行ひとすじに邁進して煩悩を滅却せよというのであるから、生半可な覚悟では入っていけない。きわめて厳しい宗教といえる。

しかし当時のインド社会で常識とされた輪廻思想を除けば、釈迦の思想は実に見事な論理で構築されており、現代人にも十分説得力があり、2,500年を経てなんら色褪せることがない。

「空」の思想の転換

釈迦の死後500年を経た紀元1~2世紀頃、新興宗教の波が沸き起こってきた。

それまで、釈迦の教えは出家した一部の修行僧だけのものであり、民衆とはかけ離れたところにいた。

新興宗教をおこしたのは、一般庶民に目を向けた僧たちで、たとえ出家や修行ができなくても、安らぎが得られる宗教をつくろうというのが原点である。

このため、個人だけを相手にした釈迦の仏教を小乗と呼び、自分たちが相手にするのは大勢の民衆であるという意識から大乗仏教と呼んで、みずからの優位を誇示した。

しかしなんといっても、偉大な釈迦を向こうに回して、論陣を張らねばならない。しかも、それが人々の共感を得られるものでなくてはならない。それには釈迦によって固定観念化した人々の頭のなかをひとまず白紙に戻す必要がある。このため、多くの僧侶グループが、いったん釈迦の思想の枠組みを取り外す壮大な作業に取り組んだのである。

その結果、導き出されたのが、「空」の思想の転換である。

民衆の心をつかんだ大乗仏教

釈迦はこの世は実体のない幻のごときものであるが、五蘊(ごうん)は存在するとした。五蘊とは色(肉体)と受想行識(心の動き)を指している。

そこで彼らはこれを否定し、この世はなんら実在するものがない世界であり、人智の及ばぬ超越的な法則によって動いているとした。そしてその世界観を「空」と呼んだ。このため大乗仏教における「空」は、釈迦の「空」をはるかに超えた深遠な世界となった。

また釈迦によれば、業をなせば因果応報により永遠に輪廻世界をめぐりつづけねばならない。それを解決するには修行により煩悩を消し去るほかないとしたのである。

これに対して大乗仏教のグループは、大衆に煩悩滅却を求めるのは無理である。いっそ因果則を変えてしまえばよいではないかと考えた。

その結果、人のために身を捧げる利他行を日常のなかで積んでいけば、出家、修行をしなくても悟りに至ることができるとした。さらに、その善行は輪廻をめぐるのではなく、涅槃への道につながるという大転換(廻向という)をしたのである。

ここにおいて、「大乗仏教」を自称する新興宗教は釈迦の仏教から独立し、ついに民衆のこころを掴んだといえる。 

釈迦の考えからかけ離れてゆく、さまざまな集団

彼らはいくつもの集団に分かれ、それぞれ個性的な発想により、精力的に教典の執筆に明け暮れた。今に伝わる般若経、法華経、華厳経、浄土経はこうしてつくられた。当然、釈迦本人の考えとは、随分かけ離れたものとなった。

ちなみに「般若経」は真理に到達するための智恵を、「法華経」は平等な衆生の救済を、「華厳経」は世界の構成と縁起の連鎖を、「浄土経」はあの世で救済されることを、それぞれ説いたものである。

さらに大乗仏教の創始者たちは、釈迦のみを仏陀とする世界から脱皮し、仏陀ワールドと呼ばれる複数の仏陀がそれぞれ配置された世界を創設した。

たとえば仏陀、如来といわれる聖者には、釈迦如来、薬師如来、阿弥陀如来、大日如来などを設定し、仏陀に近い存在とされる菩薩には観音菩薩、弥勒菩薩、文殊菩薩、普賢菩薩、地蔵菩薩などを設定した。

その後、この大乗仏教はいったん中国に受け入れられ、6世紀になってわが国にもたらされた。

個人の救済、般若心経に親しむ日本人

今日、般若心経に親しむ日本人は増え続けているという。

法華経のように国家の安泰を願う公共性よりも、個人の救済を念頭に書かれていること、簡潔で読誦しやすく、最高の知恵を説いた教典だといえば、一度は唱えてみたいというのが心情だろう。

たしかに天台宗、真言宗、浄土宗、臨済宗、曹洞宗など数多くの宗派で、日用経典として唱えられている。

ところでその元となった般若経典は、じつに600巻に及ぶ膨大なもので、長々と「空」および「般若思想」を説いている。

わずか262文字の小さな経典、般若心経

般若経出現より400~500年の後、その膨大な般若経典からエッセンスだけを取り出してつくられたダイジェスト版が「般若心経」である。

正確には「般若波羅蜜多心経」といい、僅か262文字という小教典である。般若波羅蜜多の般若は智慧、波羅蜜多は完成を意味し、完成された知恵のお経として、我が国には7~8世紀にもたらされた。空海もこれを重視し、日用経典として読誦している。

般若心経は大乗仏教で創造された観音菩薩が、釈迦の高弟で知恵第一と呼ばれた舎利子に教えを説くという作為的な構成で作られており、明らかに大乗仏教を釈迦の仏教より優位に位置付けたいという意図が読み取れる。

観音菩薩はまずこの世を統括している法則ともいうべき「空」の神秘性について語る。

したたかな論理構成と神秘的魅力を合わせもつ般若心経

つまり、色即是空、空即是色に象徴される「空」について、この世を構成する全てのもの(色)にはなんら実体がない。人間を構成している5蘊(肉体や心の動き)も、十二支縁起、四諦(苦、集、滅、道という真理)など、釈迦の根本思想である枠組みをすべてない(無)とし、この実体のない世界を統括する超越的な世界観を「空」と呼んだ。

そういう「空」の立場からみれば、誰もが悩まされる無明(煩悩)もなければ、無明の消える涅槃もない(無無明亦無無明尽)。

釈迦の説く最終ゴールすら無いということになる。「空」とは、それほどに深遠な世界観だというのである。

そして般若経を敬うことが悟りを得る道であり、なかでも般若心経最後のくだりにある真言(マントラ)を唱えることが絶大な力をもたらしてくれるという。

「掲諦 掲諦 波羅掲諦 波羅僧掲諦 菩提 沙婆訶」(ギャーテー ギャーテー ハーラーギャーテー ハラソーギャーテー ボージー ソワカ)

「彼岸へ行ったものたちよ、幸あれ」という意の特異な小節は、呪文であるから音を変えるわけにはいかない。サンスクリットの音にそのまま漢字を充てがっているため、奇妙に聞こえるのはそのせいである。

そして般若心経の真髄はこの真言(呪文)にあり、呪文を唱えることによってからだに不思議な力がみなぎり、ひとりひとりがもつ苦悩を救済してくれると説いた。

そのしたたかな論理の構成に感心する一方、1000年を経てなお、多くのひとの心を捉えて離さない神秘的魅力にも心を動かされる。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする