竜馬と後藤象二郎

 

象二郎、竜馬と手を組む

慶応3年の土佐藩はとりわけ多忙である。
その年の1月、後藤象二郎が長崎にやって来たのを知った亀山社中の面々は、竜馬に土佐勤王党の仇敵である彼を斬ろうと気色ばんだ。
ところが実際竜馬が会ってみると、意外にも馬が合った。仇敵でありながら意気投合してしまったのである。

後藤は土佐における公武合体派の指導者であり叔父でもある吉田東洋の薫陶を受けて育った。尊王攘夷をかかげる土佐勤王党とは対極にいる。
元治元年(1864年)、公武合体派の山内容堂に目をかけられ大監察に昇進した彼は、叔父を暗殺した土佐勤王党を武力で潰しにかかり、首領武市半平太を切腹させた。

一方、竜馬は勝海舟の斡旋で一度は脱藩を許されたが、土佐勤王党追及の手が江戸に伸びたため再度脱藩せざる得なくなった。後藤はその仕掛け人である。土佐の脱藩者からなる亀山社中の面々にとって後藤憎しは言うに及ばない。そのふたりがついに手を組むこととなった。

船中八策を藩主・容堂へ

今まさに幕府が倒れんとする不測の事態である。この機を制し、わが盟主・容堂の主導で幕威を護り、天下に土佐の存在を誇示したい後藤。
混迷を深める幕府に見切りをつけ、薩長同盟中心にさっさと新政府をつくって海防に備え、海運を興して海外貿易に手を広げたい竜馬。

両者の利害が一致し、同年4月、後藤の尽力で竜馬は再脱藩の罪を許され、以後亀山社中は土佐藩所属の海援隊と改称し、隊長・竜馬は大いに活躍の場を広げることとなる。

同年6月、竜馬の船中八策は発案者の名を伏せて、後藤から京にいる盟主・容堂に奏上された。郷士嫌いの容堂が元脱藩郷士の案であることを知れば即座に拒絶したであろうことは疑うべくもない。

船中八策は、大政奉還したのち、朝廷より政令を発し、天下の人材を集め、上下両院による議会を開き、憲法を制定し不平等条約を改定 、海軍を拡張し、金銀の交換レートの是正をおこなうというものである。

その根底には上田藩の軍学者・赤松小三郎や松平春嶽の政治顧問・横井小楠の私見も垣間見えるが、攘夷の嵐のなかからこのように熟成された斬新な見識が生まれたことに驚かざるを得ない。

大政奉還に成功

後藤の提案に小躍りして喜んだ容堂は、早速これを土佐の藩論として将軍・徳川慶喜に謁見し、大政奉還の進言をおこなった。同年10月、薩長の武力による倒幕計画は阻止され、大政奉還は無事成功裏に終わったのである。薩長を出し抜いた容堂はしてやったりと、ほくそ笑んだに違いない。

大政奉還成就の一報を聞いた竜馬は将軍慶喜に向って手を合わせ、「もはや死んでもよい」とまで言って狂喜したといわれる。
その喜びも束の間わずか1カ月後に、竜馬は京の近江屋において惨殺の憂き目に会うのである。

奇しくも、二条城にいた慶喜が大政奉還の立案者が竜馬であったことを聞き、近侍の者に「土佐の坂本の命を狙っている幕臣がいると聞くが、手を出さぬよう新撰組、見廻組へ伝えよ」と命じたのは竜馬惨殺の前日であった。もし1日早ければという思いに駆られる挿話である。

同年11月、竜馬夭折のあと薩長の巻き返しは尋常でなく、12月には一挙に王政復古を決し、同日小御所会議で将軍家領地200万石の没収を決定し、必然的に鳥羽伏見の戦いに突入せざるを得なくなっていくのである。

弥太郎、土佐藩の借金を引き受ける

維新後の後藤については後世の評価が分かれるところである。

当時土佐藩の財政は倒産寸前の状態で、外国商館への負債だけでも30万両を超えていた。整理を任された後藤は岩崎弥太郎に頼み込んで、長崎の土佐商会、大阪の土佐藩邸、土佐藩保有の汽船など11隻を引き換えに藩の借金すべてを引き受けてもらった。

実に大雑把な後藤らしさが窺えるエピソードである。弥太郎はいろは丸事件で土佐藩に入った7万両の一部を資金源とし、竜馬の遺志を引き継ぐかのように海運に乗り出していくのである。

評価の分かれる後藤象二郎

後藤は維新後政府にいて参議、参与と重責を担うが、明治6年、征韓論争に敗れて下野した。
その後、板垣退助、江藤新平らと民選議院設立に奔走するも不首尾に終わり、明治14年、板垣を中心に自由党を設立し自由民権運動に身を投じた。

しかし一度ならず政府の懐柔策に応じて逓信大臣や農商務大臣を歴任したため、自由民権運動家からは変節漢と糾弾されることとなった。

さらに郷土の英雄・武市半平太を断罪し、竜馬の船中八策を横取りしたという感情的な批判にも曝され、正当な評価を受けにくい立場にいる。

ともあれ、竜馬と象二郎のふたりは協力して、確かに幕末日本の舵を切ったのである。   出会った人からは必ず好かれたという、ともに愛すべき土佐人であった。

なお竜馬の船中八策は生き残った。翌慶応4年3月、維新政府に出仕した由利公正らにより、その骨子が5か条の御誓文として起草されたのである。

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