米からみた日本人

稲

稲の期限

稲の起源は中国雲南省あたりといわれています。

すでに6,000年前から稲作は日本に伝わっていましたが、湿地や焼畑のため収穫はわずかにとどまっていました。

現在我々が食べている温帯ジャポニカ種は長江中、下流域で発生し、紀元前500年頃、北九州へ入ってきたようです。

温帯ジャポニカ種による水田稲作はそれまでの狩猟、採取生活にはなかった土地問題をおこすことになりました。

つまり稲作のため人々は定住する必要があり、土地をめぐる紛争が頻発するようになったのです。

縄文人

縄文人では骨の損傷はあまり目立ちませんが、弥生人の骨には刃物による損傷が随分多くみられるのです。

なかには首がなかったり頭だけといった人骨もあり、石器しか持たなかった縄文人にくらべ、鉄器を使用しはじめた弥生人の猛々しい変化をみてとれます。

大麦

また大麦の栽培種の分布をみると、東北地方ではW型が6割を超えているのに対し、西日本ではW型は僅かでE型が96%と圧倒的に多くなっています。

周辺諸国をみると中国本土、朝鮮半島ではE型が大半を占めていますが、中国東北部では逆にW型が7割を占めています。

したがって、E型は朝鮮半島から九州へW型は中国東北部から東北・北海道へ入ってきたことがうかがえます。

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