COVID 19

新型コロナウイルス

(16)さてオリンピックは開催できるか? 

 

 

 東京オリンピックまで100日を切ったというのに、まだ開催か中止か決断できぬ現状に国民は不安を募らせているところです。

それは、イギリス型より強力といわれるインド型の変異ウイルスが、今後どれほど暴れるのか見当がつかないためで、決断できないのは一概に政府の責任ともいえません。

 

しかしオリンピックは国民全体の関心事ですから、政府が開催の是非について、納得するような説明をしなければ国民の理解は得られないでしょう。なにしろ現在、国民の70%は開催に否定的なのですから。

どうせ言っても現場が混乱するだけだから、黙ってついてこさせようという荒っぽいやり方では、反発を買うだけでしょう。

つまり、こんな防止策を講じているのだが、ここまでしかうまくいっていない。今後、こういう作戦で行こうと思う。その結果、感染がここまで抑え込めれば開催、抑え込めなければ中止するという政府方針を、国民の前に示さなければならないと思うのです。

 

今のところ、政府は相当の犠牲を払ってでもオリンピックの開催にこぎつけようとしているように見えます。

そして開催を前提に、期間中、選手団に毎日3万件のPCRを行うとのこと。

確かにそれは必要なのかもしれません。しかし現状のままでは、国内感染者用のPCR検査を止めてしまわなければ、実現できないのではと懸念されているのです。

さらには、選手団用の緊急ベットを都内医療機関に用意するとのこと。果たして、オリンピック開催中に病人が出たとき、重症用ベッドを選手団に使うのか、国民を優先するのか、政府は苦渋の選択を迫られそうです。

また1昨日、政府は500人の看護師、200人の医師をボランティアで募集すると発表しました。

ボタンティアですから、それで人が集まれば何ら問題はないのです。

問題はもし人が集まらなかった場合です。コロナ禍で従事している現場の医療者を引き抜くということになれば、国を挙げての論争になるのではと懸念されます。

 

これらの厄介な問題に背を向けず、政府には国民へ向かって、毅然たるメッセージを発することが求められましょう。

 

インド型変異ウイルスの襲来

ご承知のように、コロナ感染を予防するには、感染経路を遮断することと、ワクチンの普及により抗体をつくる必要があります。また、すでに感染したかたには、治療と同時に他人への感染を防ぐ隔離が不可欠です。

このうち、ウイルスの国内侵入を阻止する水際対策がずさんだったことは、返す返すも残念でした。そのために国内への蔓延を許し、莫大な資金と労力を払わなければならなかったからです。

その後、検疫では徹底した検査がされていると聞いていますが、数か月前から、従来のPCR法では確定できないインド型変異ウイルスが侵入しているらしいというのです。

実際検疫での精査の結果をみると、この4月だけでインドからの入国者80名に、インド型変異ウイルスが見つかっています。これをみても、すでにかなりのインド型が国内に入り込んでいると考えるべきでしょう。

彼らも様々に変異しながら生き残りをかけているのです。したがって生き残ったものは実にしたたかなウイルスといえます。

我々もこれに対応するPCRを一刻も早く準備し、国内へ拡散するのを阻止しなければなりません。

そのため、水際対策の徹底はもちろん、PCRのct値を参考に陽性患者の隔離を確実にしていかなければならないでしょう。

 

政府の公助はいかに

ところで、感染者が増加の一途をたどる状況に、政府も東京都も都県境を跨いでの出入りを止めるようにと連呼していますが、一方で海外から訪れる9万人ものオリンピック関係者を、笑顔で招き入れようとする態度には、違和感を覚えずにおれません。

 

また、我々が政府や都知事の要請を虚しく感じるのは、ひとつには範を示すべき国会議員、都庁、地方自治体など公務員の相次ぐ無節操に呆れてものが言えないからでしょう。

さらには、国民に自粛を要請して自助を勧めながら、国が果たすべき公助は一体どうなのかという懐疑の声が、決して小さくはないからだと思われます。

すなわち、経営危機に瀕した飲食、観光業者などへの救済、感染者を隔離するための積極的なPCRの実施、感染者を保護できるスペースや重症者を収容できるICUの確保、そこに従事する医師・看護師の確保はどうかなどの声に、納得のいく返答、対応は得られていません。

 

「そうしたことも含めて、もう一度検証していく必要があると思っています。」「必要があれば、躊躇なくやる」などは、首相の常套文句といわれていますが、一向に進まない施策に、陰では「今はやらない」と同意語だと揶揄されているのも事実です。

今一度、国民が安心できるよう断固とした決意を示していただき、実行に移していただきたいと願うばかりです。

 

ソーシャルメディアの暴力

最後に、コロナ感染者に対する誹謗中傷についてです。

人々の多くが我慢して外出を控えている中、大勢で街に繰り出し飲食して騒いだ挙句、コロナに感染したと聞けば、怒りがこみあげてくるのは人情でしょう。

そこで自制が効けばいいのですが、どうしても許せないという人たちがいます。

彼らはコロナに感染したと聞くや、感染者を探し出し、事情も聞かず、執拗に電話、メールを送りつけて、罪を償わせずにはおかないという権幕です。

しかし、病院や自宅で感染者の世話をしているうちに、運悪く感染してしまった人もいます。

仕事場でたまたま隣に座ったひとからコロナを移されたひともいます。聞いていると、気の毒なひとは決して少なくないのです。

それにもかかわらず、いわれなき罪で追い詰められ、引っ越しせざるをえなくなった、鬱になって仕事を止めた、自殺を考えたなど悲痛な声も聞こえてきます。

 

こうしてみると、ソーシャルメディアは諸刃の剣で、われわれを生かすこともありますが、一歩間違えば相手を死に追いやる危険なものだということを、肝に銘じておかなければならないでしょう。

言論統制下にある国々を見ていると、自由にものが言える有難味を痛感しますが、一方で自分の発言に責任をもたなければ、民主主義はもたないつくりになっているのにも気付かされます。

今後、台湾のウエッブサイト「vTaiwan」のように、メールアドレスと携帯番号の入力を必要とするような世界に変容していかざるを得なくなるのかもしれません。

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