HISTORY OF MEDICINE

医学史ひとこま

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100年前のコロリと現代のコロナ 長与専斉(ながよせんさい)奮闘記

「自助」は自分の命は自分で守る。「共助」は町内会程度の地域コミュニティで協力する。「公助」は国や自治体が主導して災害問題に対処することです。 この三助の精神は、江戸時代の米沢藩主・上杉鷹山の「三助の実践」に由来...
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長崎市民の誇り 永井隆

長崎名誉市民第1号となったのが故永井隆博士である。 長崎原爆投下の混乱のなかで、白血病の身で自ら頭部に大けがをしながら、被災者の看病にあたった。キリスト者として、身を捨てて隣人愛を実践した稀有の人である。 クリスチャンとなる ...
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ドイツ医学導入 哀話

イギリス医学 維新がなってわずか2年、政府官吏とはいえ、ついこの間まで佐賀の下級武士であった相良知安(さがらともやす)が旧土佐藩主山内容堂に向かって、「これからはイギリスでなくドイツ医学だ」と大見得を切るほどに、世の中は変わっていない...
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CTの発明者 ハウンズフィールド

大学に在籍したことも、研究室に在籍したこともなく、まして医学知識すらない一介のサラリーマンが、医学史上画期的な成果をあげ、ノーベル賞を授与されたという夢物語である。 話題の主、ゴッドフリー・ハウンズフィールド(1919~- 200...
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X線の発見

1894年(明治27年)といえば、日清戦争勃発の年であり、漱石や子規の時代である。 そのころ、海を隔てたドイツのヴュルツブルク大学では、物理学教授レントゲンが、圧力による固体や液体の物性変化の研究に取り組んでいた。そして翌年の秋ご...
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「フォト51」の撮影者 ロザリンド・フランクリン

ユダヤ人家系のロザリンド・フランクリンがケンブリッジ大学に学んだ当時は、大学側がやっとユダヤ人と女子学生の入学を認め始めた頃で、彼女にとって決して快適な環境にはなかった。 しかしフランクリンは首席に次ぐ成績で卒業し、大学院で石炭の...
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富山のシュバイツァー 萩野昇

昭和42年12月15日、参議院特別委員会の会場は熱気に包まれていた。 12年前、イタイイタイ病の鉱毒説を発表した萩野昇が、ついに国会において参考人として証言の場に立ったからだ。 萩野は静かに口を開いた。 ...
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細菌学の普仏戦争

よきライバル、コッホとパスツール 1870年、フランスのナポレオン3世によるドイツ統一妨害工作をきっかけに普仏戦争が勃発。 鉄血宰相ビスマルクが牽引するドイツ連邦軍はフランス軍に圧勝し、翌年パリは陥落、ドイツ帝国が誕生しました。...
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緒方洪庵 ”扶氏医戒之略”

洪庵の人柄は温厚でおよそ人を怒ったことが無かったという。 幕末を代表する教育者として、今も吉田松陰と並び証せられる人物である。 彼はベルリン大学フーフェランド教授の内科書扶氏経験遺訓に感激し、30巻に及ぶ翻訳書を書き上げると...
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シーボルトのみた日本

医師、シーボルト 日本人にとってシーボルトは日本近代医学の恩人として記憶に新しい。 ところがヨーロッパ社会は、彼を医学者でなく世界一の日本通、とくに日本植物におけるエキスパートとして評価しており、同じ賞賛にしてもその評価は奇妙な...
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解体新書

山脇東洋と酒井忠用 たとえ処刑された罪人であっても、そのからだを切り刻んで中を覗いてみるなど、儒教国日本では義に反する不遜極まりない出来事である。 五臓六腑の真否を正すため人体解剖をしたいという山脇東洋の願いは、不義・不忠のきわ...
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町医者から医師へ

いまも開業医のなかには、「ほんの町医者です」などと、自らを卑下していう習慣がある。 町医者は江戸時代の町や村で、細々生計を立てていた百姓および町人身分の医者の総称である。 強いて言えば士農工商の工にあたり、身分は決して高くな...
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華岡青洲の奇跡

自家製麻酔薬 今から200年ほどさかのぼる1804年のことである。 紀州の田舎の一開業医が自家製麻酔薬を使って、世界で始めて乳がんの手術を成功させた。 失敗すれば殺人罪に問われかねない瀬戸際でメスをもち、果敢に手術に挑んだので...
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