心地よさのもと
「人生はゆらぎながら進んでいく」などというと、情緒的でいかにも根拠のない話しに聞こえますが、わたしたちのからだの生理や四囲の自然現象を詳細に観察すると、しばしば心地よい不安定さがみられるというはなしです。
つまり、ひとを含む自然界の多くは、一見規則的な動きをしているようにみえますが、実際にはわずかなズレが生じており、規則正しさと不規則さがちょうどよいバランスを保ちながら動いているのではないか。そしてその変化による「不安定さ」(ゆらぎ)こそ、ひとに心地よさを与えるもとになっているというのです。
生体のリズム
武者利光氏(東京工業大学名誉教授)はこの予測不能なわずかなズレを 1/f ゆらぎ と呼んでいます。1/f ゆらぎ の「f」は周波数を示し、自然現象をもたらすパワーはその周波数に反比例しているというのです。
この 1/f ゆらぎ は、電気抵抗を測る実験で出力が周波数と反比例することや、真空管やトランジスタが出すノイズが周波数に反比例していることから、思いついたそうです。
その後、生体のリズムも 1/f ゆらぎ をしているということが分かってきました。たとえば平静を保っていると思っても、眼球運動や体温、脈拍、呼吸、脳波などを調べると、その動きはわずかながら速まったり遅くなったりしています。
また、知覚や運動は、脳の中の神経細胞から隣の神経細胞へ電気信号のかたちで次々送られることによって成り立っています。
そこで、その電気信号を調べてみると、信号の発射間隔が 1/f ゆらぎ をしていたというのです。
そして、この 1/f ゆらぎ がみられるとき、人は心地よい気持ちになることが分ってきました。
音楽そして自然
1/f ゆらぎ の典型的なものが音楽です。音楽の特徴は音響振動数のゆらぎ方にありますが、人々に親しまれている音楽のほとんどは、振動数のゆらぎが生体リズムのゆらぎによく似ているのだそうです。武者氏はそれだからこそ、宗教も人種も異なる世界中の人々がモーツァルトの曲に感動できるのだというのです。
また、自然に目を向け、小川のせせらぎ、打ち寄せる波、林を抜ける風、戸を叩く雨音、風鈴の音などに耳を傾けるとき、私たちはいい気分になりますが、これらの音には規則性と不規則性の間を行き来する微妙なゆらぎ、1/f ゆらぎ がみられるそうです。その中途半端さが人間にとってとても心地よいリズムになっているようなのです。
その他、ろうそくの炎の揺れ、蛍の点滅、陽炎の動き、星座のまたたき、木目の間隔など、自然界にはこの 1/f ゆらぎ が数多くみられるといいます。
ただ、自然界には何種類ものゆらぎがみられるわけで、1/f ゆらぎはそのうちの一つと考えるべきであるといいます。
しかし、そのなかでも 1/f ゆらぎ は、自然界ではもっとも頻繁に見られる現象で、動植物の根本的な動き、ものの集団の動き方の根本法則のようなものと考えられるようになってきています。
したがって今後、わたしたちは、身に着けるものや居住空間など、どうすれば生活の場に 1/f ゆらぎ を取りこんでいくことができるかを研究する必要があるとおもわれます。
すでに、武者利光氏は、1/f ゆらぎ理論 を取り入れた模様のネクタイや洋服の開発、あるいはポスターのデザイン、自然の木肌や細かい凹凸を生かした住宅設計などを考案しています。さらに現在は、1/f ゆらぎ を応用した道路空間デザインに取り組んでいるのだそうです。
今後どこまで応用が広がっていくか、期待が膨らみます。