ここに癌細胞だけにくっつく物質(抗体)があります。これに起爆剤(IR700)を載せてからだに注入(静脈注射)します。すると、癌細胞は爆薬を載せた物質(抗体)で取り囲まれることになります。
この起爆装置に近赤外線(テレビのリモコンなど)を当てて爆発させ、癌細胞をこなごなに破壊しようというのがこの治療法です。
起爆剤 IR700
起爆剤IR700は「フタロシアニン」という名の色素です。
これに波長700ナノメートルという高エネルギーの近赤外線を当てると、IR700が化学反応をおこし、わずか1~2分で癌細胞を破壊してしまうという仕組みです。
さらに、この治療法は転移した癌に対しても有効です。
まず原発の癌細胞を破壊したとき、露出する壊れたタンパク質(癌抗原)を免疫細胞が取り込み、その癌情報を仲間の免疫細胞に伝達します。すると、これを受け取った免疫細胞が全身をめぐり、転移している癌細胞をみつけて攻撃・破壊するというのです。
Tレグを抑えて癌を攻撃
しかしこれに加え、IR700を使って制御性T細胞(Tレグ)を破壊し、転移した癌細胞までことごとく死滅させるという治療法も開発されました。
この制御性T細胞(Tレグ)は、行き過ぎた免疫の働きにブレーキをかけ、アレルギーや自己免疫反応を抑えるだけでなく、妊娠や臓器移植における拒絶反応を抑える重要な役割を果たしています。
しかし一方で、Tレグは癌細胞を攻撃する免疫細胞までも抑え込もうとします。
このため、IR700を付けた抗体をTレグに結合させ、近赤外線を当てます。すると癌細胞は自分を守る守備隊(Tレグ)が破壊されるため、転移した癌細胞にいたるまで免疫細胞の攻撃にさらされ、わずか数時間で破壊されてしまうというわけです。
ちなみにこの癌細胞を攻撃する免疫細胞は、癌細胞以外は攻撃しないようにインプットされているため、重篤な副作用はおきないといわれています。
癌細胞のみ集中攻撃する近赤外光線免疫療法
以上のように、近赤外光線免疫療法は、周りの組織を傷つけないで癌細胞だけを破壊でき、さらに遠隔転移している癌細胞も、免疫反応を引き起こすことによって破壊するという、極めて優れた治療法です。
この治療法は、食道をはじめ肝臓、膵臓、腎臓、大腸、膀胱の癌まで、全臓器の80~90%に効果があるといわれています。
小林久隆医師の偉業
近赤外光線免疫療法の生みの親は、米国国立がん研究所(NCI)の主任研究員である小林久隆医師です。小林氏によれば、すでに臨床試験は2015年4月にスタートし、治療法の毒性を調べるテスト(フェーズ1)は問題なくおわり、現在は治療効果を調べるテスト(フェーズ2)がおこなわれているそうです。その後、従来の方法と比較検討するテスト(フェーズ3)をへて、2~3年後に実用化したいという構想を抱いているそうです。
遅ればせながら、我が国でも2018年3月、国立がん研究センター東病院で、再発頭頸部癌の患者さんにこの臨床試験がスタートすることになりました。
一刻も早い臨床応用が期待されています。