GENE

遺伝子のはなし

ミトコンドリアDNA

化学室

ミトコンドリアの構造

ミトコンドリアDNAが近年注目を集めるようになったのは、人類の系統を調べるのに極めて適していることが分かったからです。

我々のからだは約60兆の細胞から成っており、その細胞1個1個に核があり、その中にDNAを含んでいます。

これは核内DNAと呼ばれ、約30億対の塩基からなっています。

これに対して1個の細胞の核の外側には数百個のミトコンドリアという粒子があります。

ミトコンドリアは私たちの細胞の中で、呼吸で取り入れた酸素と食事から取り入れたぶどう糖を二酸化炭素と水とエネルギーに変える働きをしています。

そしてその時発生するエネルギーからATP(エネルギーの貨幣)を合成するのです。

このためミトコンドリアはエネルギーの製造工場と呼ばれています。

そして個々のミトコンドリア内には5、6個のDNAが含まれており、細胞一個あたりのミトコンドリアDNAは千個以上に上ります。

核内DNAの場合は、細胞1個からDNA1個を抽出するのに大変な手間がかかりますが、ミトコンドリアDNAでは組織から大量に収集することができ、分析を行うのに非常に便利なのです。

生き残るためのミス

ところで、細胞は増殖するにあたり自分の遺伝子をコピーします。

ところがこれを間違ってミスコピーしてしまうことが時々あるのです。

このミスコピーを塩基置換といいます。

塩基置換が人体にあたえる影響は様々で、全く影響がないこともありますが、時には致命傷になることもあります。

一見、ミスコピーはあってはならないように思われがちですが、実は新しい環境に適応するのに必要不可欠なものなのです。

もし遺伝子が完璧にコピーばかりされていたら、地球冷却化など地球環境が変化した場合、われわれは絶滅してしまう危険があるのです。

少しずつ塩基置換しながら、新しい環境に生き残っていくという、生存の知恵というべきものなのです。

ミトコンドリアの塩基置換

この塩基置換という観点からみてみますと、核内のDNAが30億の塩基対をもつのに対し、ミトコンドリアDNAはわずか16,000の塩基しかありません。

しかもミトコンドリアDNAの93%は遺伝子を指定している領域で、むだな塩基配列はわずか7%しかなく、核内DNAに比べて塩基置換の起こる速度が5倍から10倍速いため、個人差が大きいのです。

これは生物進化を研究する上で非常に有力な武器となります。

さらに、ミトコンドリアDNAは、母親のものだけが子供に伝わるという遺伝形式をとります。

ですから世界の人々のミトコンドリアDNAを調べて追跡すると、どこの誰が今の人類の母かが分かります。

この調査は実際に行われた結果、アフリカのある女性が今の人類の全てのミトコンドリアについての母親(ミトコンドリア・イブ)であることが判明しました。

このように女性の祖先が解明されるというのが、ミトコンドリアDNAの面白いところです。

以上のように、ミトコンドリアDNAは、塩基数が少なく、母系遺伝しかせず、個体差の大きいうえにサンプルが大量に取れるという、人類の系統を研究するうえにまことに都合の良い条件を備えているのです。

日本人のルーツ

当然ながらわれわれ日本人がどこから来たかという研究にも、ミトコンドリアDNAが調べられていますが、現在までに発掘された縄文人の人骨が極めて少ないため、一つでも事例があれば「何かが有る」ということはいえるでしょうが、見つからないからといって「何かが無い」とはいうことができません。

たまたま見つからないだけかもしれないからです。

たとえば、6,000年前の縄文人3体の骨のミトコンドリアDNAを調べた結果、現代のマレーシア人、インドネシア人、アイヌ人にもっとも近いことが判明しました。

これでもって縄文人のルーツが東南アジアであるとはいえませんが、縄文人の一部が東南アジアから来たらしいとはいえそうです。

また縄文人29体のミトコンドリアDNAを調べた結果、17体がシベリア平原に暮らすブリヤート人と一致したそうです。

いかにもわれわれの祖先がシベリアにいた感じをいだかせますが、この29体は同一箇所から出土したので、血縁集団の可能性が高く、とても日本人全体を代表しているとみなすことはできません。

縄文人の一部はシベリアからも来たらしいと考えるべきでしょう。

今後、この研究が進むにつれ日本人のルーツが徐々に解明されていくものと期待されます。