オミクロン株はすでに市中に?
2021年春、デルタ株が出現してから、新型コロナウイルスは8回のマイナーチェンジを繰り返してきましたが、いずれも比較的おとなしく、世界的中に広がることはありませんでした。
ところが2021年11月、南アフリカに出現したオミクロン株は、WHOが直ちに「懸念される変異株」に指定し、英BBC放送も「これまで見た中で最悪の変異株」と報じて以来、デルタ株以来の強力な変異株だと認識されるようになりました。
確かに、オミクロン株はわずか1か月で世界85カ国に急速に広まってきました。我が国もただちに検疫を強化していますが、2021年12月18日現在の発表では、国内で判明したオミクロン株感染者は65名に達しています。
問題は、このうち12名が入国時、空港検疫で陰性と判定されていることです。12名のかたは、出国前72時間以内に受けた検査でも陰性だったわけで、検査体制の信用性が問われる事態と言わざるを得ません。
つまり、抗原定量検査の限界なのか、陽性を免れるため咽頭、鼻腔ぬぐい液採取の不徹底なのか、検査体制の再点検が急がれる事態です。
陰性のお墨付きを得て国内に入った感染者および濃厚接触者が、はたして自宅で自主隔離できるかといえば、到底無理なのは、報道されているとおりです。
さらには、コロナ陽性となってもオミクロン株のゲノム解析結果がでるまでに数日のタイムラグがあるため、濃厚接触者を自宅待機でなく隔離施設に2週間、待機させない限り、市中感染の危険から逃れることは困難と思われます。
その隔離施設はすでにいっぱいとのこと。でもそれは言い訳にはなりますまい。施設をふやすか、入国にさらなる制限(現在の3500人を減らす)か、どちらかを選択しなければ市中感染は免れません。
いったんオミクロンによる市中感染が広がれば、さらなる国民への経済的、精神的負担は計り知れません。政府には、「他国と比べて厳重」などと胸を張るのでなく、侵入阻止への緊急対策に腐心していただきたいとおもいます。
ところで、オミクロン株はウイルス表面の突起(スパイクタンパク)に約30カ所の変異があり、このうち15か所が受容体結合部位に存在するため、従来株よりはるかに人の細胞に侵入しやすく、世界中に拡散する危険をはらんでいます。
現在、デルタ株の感染者が2倍になるのに7日かかるところを、オミクロン株ではわずか3日といわれ、その感染力はデルタ株の4.2倍と言われています。
とくに衝撃的だったのは、オミクロン感染者の半数がワクチンを接種済みだったことです(南ア医師会・アンジェリク・クッツェー氏)。つまり、現行のワクチンでは簡単に防衛網を突破されてしまっていたのです。これに対し各国では、取り急ぎ防衛体制の再構築に乗り出しているところです。
アフリカの今は?
2021年11月、南アフリカ共和国におけるオミクロン株の出現により、南アフリカでは、1日3万人の感染者が出ており、そのほとんどが従来株からオミクロン株に置き換わったとみられています。
ところが、オミクロンの感染力が強い(デルタ株の4倍)にもかかわらず、デルタ株が猛威をふるった7月、1日7,000人を超えた死者数は現在20人前後と激減しています。
このため、感染拡大の勢いは速いものの入院率や死者数は少なく、オミクロンによる重症化は意外に少ないのではと、淡い期待が寄せられています。
現在、南アフリカでは12歳以上を対象にワクチン接種を進めていますが、接種者は今のところ、約24%にとどまっています。
しかし、これはまだいいほうで、アフリカ全体でみると、接種率は1~5%と世界的にも極めて低い状況に変わりはありません。
それにもかかわらず、50を超える他のアフリカ諸国ではコロナ感染者が1日1,000人以下と、いまだオミクロン株の広がる気配はありません。
最初、専門家の多くは、アフリカではPCRの検査能力が低い(欧米の100~200分の1)ので、かなりの感染者が潜伏しているものと判断していました。 しかしその後、アフリカ諸国に検査体制が整備されてきても、依然として感染者数は低く抑えられているのです。
その理由については、専門家の間で様々な推測がされています。
その一つは、アフリカ人は常にエボラやマラリア、結核をはじめ、ウイルス、細菌、寄生虫などの攻撃を受け続けてきた。このため、強力な免疫システムが出来上がったのではというのです。
たしかに、BCG接種やマラリアの予防治療がコロナに有効(マラリア罹患率とコロナ罹患率が反比例にある)(BCGを受けていない国にコロナ感染被害が大きい)と推測させるデータもみられます。
また、アフリカでは25歳未満が人口の60%(我が国では22%)と、若年層の多いのが特徴です。コロナに感染し、重症化しやすいといわれる高齢者がもともと少ないのも、一因かもしれません。
欧米の今は?
現在のヨーロッパは、またしても感染爆発の世界的震源地となっており、WHOによると、新型コロナ感染者数、死者数ともに、ヨーロッパ、ついでアメリカが1,2位となっています。とくに死者数の半分以上がヨーロッパで占められているそうです。
ヨーロッパで最初にオミクロン株が入ったイギリスでは、現在1日7万人のコロナ患者が出ていますが、今のところは、デルタ株が主流を占めています。しかしオミクロン株の急拡大に、1か月を待たず半数以上はオミクロンが占めるようになるだろうとみています。
さらに言えば、デルタ株の流行は横ばいのまま、その上にオミクロン株が加増された「二つの流行」の形をとっていくのではと予測しています。
最近、英保健当局は従来ワクチンのブースター接種で、オミクロン感染も最高75%防ぐことができると発表しました。
これを受けて、ジョンソン首相はこぶしを振り上げ、年内に国民全員がブースター接種を済ませるよう呼びかけています。
同時に、ウイルスの増殖を抑える飲み薬「モルヌピラビル」の使用を開始すると発表しました。重症化リスクを30%低下させると期待されているからです。
また、国民の67%が接種を完了したドイツでも、1日の感染者が5万人と感染再拡大が目立っています。
ドイツのイェンス・シュパーン保健相は、冬の終わりまでに「おそらくドイツのほぼ全住民がワクチン接種済みか、感染して回復したか、死亡したかのいずれかになる」と警告し、早急のブースター接種を勧めています。
一方、最大の感染国アメリカでは、新型コロナの感染者数が1日10万人を超え、さらに拡大傾向が明らかになっています。全米のワクチン接種率は接種率54%と先進諸国のなかでも低く、接種に積極的な民主党支持層にくらべ、共和党支持層の男性に接種拒否の傾向がみられるようです。
この感染状況を見れば、ワクチン接種の低下ばかりでなく、従来ワクチンの効果が低下しているものと推測されます。
そこで米政府は、PCRの無料提供、ブースター接種の推進、ワクチン接種証明の提示や、マスク着用を義務づけるなどの対策を強化しているところです。
欧米各国は感染防御の立場から、ブースター接種を最優先事項として進めているところですが、宗教上、健康上の理由からワクチンを拒否する人々も少なくなく、集団免疫が成立するにはかなりの困難が予想されます。
最終的にロックダウンを決行しなければ、終息の兆しは見えてこないかもしれません。
ちなみに現在、我が国でコロナが終息しているのは、ヨーロッパよりワクチン接種の遅れたのが逆に功を奏し、遅れた分だけワクチン効果が持続しているのではといわれているのです。
韓国の今は?
最近、韓国ではワクチンの接種率が、80%近くとなる中で、規制の緩和を始めた途端、感染が拡大し、1日の感染者数が7000人を超えてしまいました。
韓国の保健福祉相は、感染者の64%が「ブレイクスルー感染」であり、60歳以上では85%に達することを明らかにし、早急のブースター接種を呼びかけています。
韓国ではmRNAワクチン(ファイザー、モデルナ)よりも、抗体が早く消失しやすいウイルスベクターワクチン(アストラゼネカ社)を多く使用(75%)したため、ブレイクスルー感染を頻発したのではといわれています。
またワクチン接種にあたり、とくに高齢者を優先したため、ちょうど抗体価が下がってきたこの時期に、多くのブレイクスルー感染を起こしたものとおもわれます。加えて、子どもや若者の感染が目立っており、若年者の接種が遅れているのも感染拡大の原因になったと言われています。
そこで政府は大幅な規制緩和を見直し、マスク着用はもちろん、ワクチンパスポートの利用の拡大などとともに、12歳から17歳のワクチン接種を国民に強く求めています。
我が国は束の間の平穏か?
我が国は今でこそ感染者数が激減していますが、東京オリンピックの時期には、デルタ株の襲来に1日25000人もの感染者が出ていたのです。 なんといっても、感染防御の基本がワクチンであることに変わりはありません。
我が国では、ファイザー製・モデルナ製ワクチンを2回接種することで抗体量が増え、十分な効果が得られるとしてきました。
ところがその後、接種から半年程度で抗体量がピーク時の4分の1に低下するらしいという報告が出てきたのです。このため、8か月後の3回目接種(ブースター接種)を前倒しして、6か月後に接種するよう決定しました。
なにしろブースター接種で抗体価は約10倍に跳ね上がり、デルタ株にはきわめて有効というのです。これが真実ならブースター接種は必ず受けておくべきでしょう。
では目前の脅威であるオミクロン株にはどうでしょうか?
米ファイザーと独ビオンテックによれば、当初このワクチンはデルタ株を想定したものだったため、オミクロンに対する抗体はわずかしかないと言っていました。
ところがブースター接種をおこなうと、オミクロン株に対する抗体は26倍に増加し、極めて有効であるという結果が出たというのです。
ところが、最近我が国の空港検疫では、3回接種にもかかわらず、オミクロン株に感染した事例がみられています。こういう事実をみると、ブースター接種の効果に不安を感じざるを得ませんが、抗体のできかたには個人差があるため、ブレイクスルー感染を完全に防ぐことは難しいのかもしれません。
ただ、ワクチン接種をしておけば、たとえオミクロン株に感染しても、重症化は防ぐことができるようです。
これはつまり、インフルエンザの予防接種しても感染することはあるけれど、重症化はしないということと同じ理屈です。
ファクターXに迫る
ところで、感染症の流行による影響を知る方法として、しばしば「超過死亡」という指標が用いられています。過去数年のデータから予測される死亡数と、実際の死亡数の差をもって、それを知ろうとするものです。
通常新型コロナのような感染爆発があれば、呼吸器や循環器などの病気による死亡数もともに増えてしまうため、予測より死亡数は増加すると考えるのが普通です。
たしかに、米国では49万人、ロシアは35万人、英国も11万人の超過死亡となりました。ところが我が国では、超過死亡が―21000人と逆転したのです。
このように超過死亡が少なく、新型コロナの感染者や死者数の少ない事実は、海外から不審の目でみられているのです。
そこで、これを証拠立てるなにか特別な要因「ファクターX」(京都大学・山中伸弥教授の命名)があるのではないかと、多くの研究者がその解明を試みてきました。
その結果、最近、理化学研究所の藤井真一郎氏らは、HLAと呼ばれる細胞表面にある物質の一部が関係しているらしいと発表したのです。
報告によると、ひとの細胞表面にあるHLA―A24と呼ばれるヒト白血球型抗原(HLA)が、「ファクターX」に該当するのではないかというのです。
従来型コロナと新型コロナのウイルス表面には共通の「エピトープ」と呼ばれる部分があります。
従来型コロナに感染すると、その「エピトープ」がひとのHLA―A24にくっつきやすく、その結果、キラーT細胞は「エピトープ」に反応してこれを敵と認識し、攻撃を始めます。
じつは従来型コロナと新型コロナは、共によく似た「エピトープ」をもっているのです。HLA―A24を持った人の場合、過去に従来型コロナに感染しておれば、キラーT細胞は当然それを記憶しているはずです。
このため、新型コロナに感染した場合、キラーT細胞が直ちにコロナウイルスを攻撃してくれるため、感染や重症化を防ぐことが出来るだろうというのです。
われわれ日本人の6割はこのHLA―A24をもっていますが、欧米人は1~2割しかもっていないのだそうです。
これで「ファクターX」が解明されたとまでは言えませんが、研究の大いなる一歩であることは間違いなさそうです。
我が国が矜恃すべきもの
昨今、グテレス国連事務総長は「裕福な国では大半の人が接種を完了したが、アフリカでは90%以上の人々が1回目の接種を待っている」と嘆いています。
今や先進7カ国(G7)では、ワクチン2回接種率はアメリカを除き(共和党が消極的なため)、人口の7割を超えました。さらに各国は冬を前に予防効果を高めようと、3回目のブースター接種を加速させています。
これに対し、世界人口の半分以上は2回接種に至っておらず、アフリカ諸国に至っては「COVAX(コバックス)」や2国間援助を通じても、いまだ全人口の3.6%しかワクチンの恩恵に浴していない状況です。
パンデミックはウイルスが地球全体を汚染するというほどの意味で、彼らは空気中を自由に移動するわけですから、各国が仕切りを設けても、難なくそれをすり抜けてしまいます。
誰もがそれを薄々知りながら、自国の防衛にばかり目が向いてしまっているのです。我が国だけ助かればよいという考えを改め、世界全体へワクチンを普及させることが、結局ウイルスを撲滅する近道だということを、今一度思い起こさなければならないでしょう。