このたび、ヒトの皮膚の細胞から、神経・心筋・軟骨・脂肪細胞など、さまざまな細胞へと分化することができる万能細胞(iPS細胞)を作り出すことに、日米二つの研究チーム(京大の山中教授らのグループと米ウィスコンシン大のグループ)がほぼ同時に成功しました。
山中教授らは2006年8月、マウスの皮膚の細胞に四つの遺伝子を組み込み、世界で初めてiPS細胞を作製することに成功していましたが、今回はついにヒトの皮膚の細胞からiPS細胞を作ることに成功したのです。
具体的には、ヒトの皮膚から取り出した細胞のなかに、ある4つの遺伝子を組み合わせて挿入し、1ヶ月間培養したところ、胚性幹細胞(ES細胞)という万能細胞にそっくりの細胞が出現したのです。
これによって、患者さん本人の細胞から健康な神経や筋肉、軟骨などの細胞を作り出し、それを傷んだ部位と取り換えるという、夢のような治療法が見えてきました。
すでに、胚性幹細胞(ES細胞)は世界中の移植医にとって垂涎の的となっていました。
ES細胞とは受精後1週間前後の胚から取り出される細胞で、成体に存在するすべての細胞へと分化できる万能性を持ち、ほぼ無限に増殖が可能な細胞です。
しかしこれを移植に利用しようとすると、生命の萌芽である受精卵(ヒトの赤ちゃんに相当する)をばらばらに壊す必要があります。
そのため、この手技の残忍さは倫理的に許されないとして、世界各国で抑止されていたのです。
しかも他人に移植されるため、拒絶反応という厚い壁が立ちはだかっていました。
切り札となるiPS細胞
iPS細胞はこれらの難点を一挙に解決する切り札になりうるという高い評価がされています。
この技術が実用化されれば、具体的には次のような成果が期待できると考えられます。
すなわち、ドーパミンやインスリンなどを分泌する細胞を移植し、パーキンソン病や糖尿病を治してしまう。
また、神経細胞や心臓の筋肉細胞を移植して脊髄損傷や心不全の患者さんを治してしまうというような話しです。
さらにこの細胞は、病気の原因の解明や新しい治療薬の開発にも大きく寄与することが期待されています。
しかし、これが直ちに実用化できないのも事実です。
立ちはだかる壁
実は、ヒトの細胞を生まれた時期の状態に戻す(初期化)にあたり、四つの遺伝子を組み込む必要がありましたが、組み込んだ遺伝子の一つはガン遺伝子なのです。
また、遺伝子の導入にはレトロウイルスを利用していますが、ウイルスを用いる方法では発ガンなどの危険性があるため、このままでは実用化しにくいのです。
移植後ガン化しないために、発ガン性のない遺伝子やウイルスの探索が必要でしょうし、細胞移植にあたり、神経・骨などねらい通りの細胞にする方法も確立する必要があります。
また、iPS細胞からは精子や卵子をつくることも可能です。
このため、不妊治療への応用が期待できる半面、原理的には自分と同じ遺伝子を持つ人間をつくることが可能で、新たな倫理問題がおこってきそうです。
実用化に入る前に、暴走しないための歯止めをかけておかなければならないでしょう。