COVID 19

新型コロナウイルス

(17)コロナ治療の決め手 中和抗体の開発

某国首相の本音?

かりに瞬間移動して首相官邸に入り込んだら、こんな話が聞こえないだろうか?

「オリンピックを止めますと言えば、世間の喝采を浴びることは分かっている。だが、それを言うには遅すぎる。こうなったら非常事態宣言下だろうが、とにかくオリンピックはやるんだ。世間の目より世界の目だよ。今更止めるなんて言えるわけないじゃないか。」

「だいたい、完璧な防禦なんてあり得ないよ。密だ密だというけれど、国電の車内を見てごらん。1年たっても、クラスターなんて出てないじゃないか。野球もサッカーもスタジアムで感染が広がったなんて聞かないだろう?オリンピックスタジアムに少しばかり人を入れたからといって、感染爆発なんてありえないよ。」

 

「海外の選手も関係者もワクチン打って来るんだから、バブルのなかで移動させれば、大丈夫さ。ボランティアにもワクチン打って、毎日PCRをやれば、感染なんて出るものか。しかも関係者全員にGPSを持たすというじゃないか。ここまでやれば至れり尽くせりだよ。」

「インド株は怖いよ。外から入ってくるんだから、もっと検疫を厳しくしろと言いたいんだろ? 本当は空港到着後10日間、隔離がいいことは分かってるんだ。でも6日間が精いっぱいで、それ以上やると、五輪関係者や海外メディアが納得しないんだ。」

「PCRかい? 一年も前から、もっと拡大しろと言われていたが、感染者が出すぎてベットがなくなり、世間がパニックになるのが怖かったんだ。オリンピックでは感染阻止のために、徹底してやるよ。」

あまり好意的とは言えない空想ですが、さて、一国の責任者ともなれば、さぞかし頭が痛いことでしょう。

 

mRNA(メッセンジャーRNA)ワクチンの普及 

閑話休題、我が国でもやっとワクチン接種が始まりました。ご承知のように、現在使用されているmRNAワクチン(ファイザー、モデルナ社製)とは、コロナウイルスの表面にある突起(スパイクという)の遺伝情報からmRNAをつくり、それを油の膜で包んだものです。これを注射するとその遺伝情報が読み込まれ、体内でウイルスの突起が大量につくられます。

するとこれに呼応して、突起に対する抗体(ウイルスに対する攻撃部隊)も大量につくられます。この抗体はIgGと呼ばれ、実際にコロナウイルスに感染すると、IgGはウイルス表面の突起(スパイク)にくっつき、ウイルスが細胞の中に入るのを阻止します。

こうしてワクチンをうつと、ウイルスに対するIgG抗体がつくられますが、残念ながらその量が少なければ攻撃力が弱く、感染したときウイルスを殲滅することができません。そうなると、病状は良くなるどころか、重症化する可能性が出てきます。

さらに、つくられるIgG抗体にも種類があるため、その抗体が病原性のあるスパイクを抑え込めるものでなければ、効果は期待できません。この病原性を抑えることのできる抗体を中和抗体といいます。

 

現在、我が国でも急ピッチでワクチン接種が行われていますが、今のところ、現行のmRNAワクチンでは、ほぼ全員に中和抗体のつくられることが分かっています。しかし敵もさるもの。たとえ中和抗体ができても、その活性が弱かったり、あるいは新たな変異株が現れると十分な中和抗体がつくられず、ウイルスを抑え込めなくなります。

一度コロナに罹ったのに再度感染したり、ワクチン接種をしたのに感染したというのはこれが原因です。したがってワクチンさえ打てば解決というわけにはいかず、新型コロナ治療薬として、十分な効果をもつ中和抗体の医薬を開発することが焦眉の急となっていました。

 

変異株も無力化する中和抗体の開発に成功 

感染者の血液からウイルスに結合する抗体遺伝子を取り出し、人工的に抗体を作り出す技術はすでに報告されていますが、何百人もの感染者からとった数千~数億もの細胞より高い中和活性のある抗体を選び出す作業は大変で、各国とも実用化には至っていませんでした。

そこで、このたび、広島大学大学院の保田朋波流教授らと京都大学の共同研究グループは、複数のコロナ変異株に結合してウイルスを無力化する中和抗体を、10日間で人工的に作り出す技術を新たに開発しました。

開発段階は4段階に分けられます。

第1段階は、誰の血液を選ぶかという問題です。もちろん多量の中和抗体をもったひとが最適です。検索の結果、感染後2週間以上経過し、かつ酸素吸入を必要とした重症患者由来の血液が最適であると判明しました。

感染から2週間以上経過した回復患者さんはすべてIgG抗体を獲得していましたが、残念ながら約4割は、ウイルスを中和する活性が弱いか検出感度以下であったそうです。また、重症から回復した人の8割が中和抗体を獲得していたのに対し、軽症者の中和抗体は2~3割しかできていなかったそうです。

第2段階では、中和抗体をもったB細胞(骨髄で抗体を産生するリンパ球)をみつけるためのプローブ(検出器)を開発しました。こうしてリンパ球を一つ一つ選別し中和抗体をもったB細胞を取り出すことが容易になりました。

第3段階では、中和抗体をもったB細胞を取り出し、細胞1個ずつから抗体遺伝子のほぼ全長を重鎖と軽鎖を同時にPCR増幅して回収しました。

そして第4段階で、新型コロナに結合するIgG抗体を人工的に作製したのです。さらには、低濃度でも変異ウイルスに結合するIgG抗体をも、取得することができました。

 

つまり、これらの人工抗体から、従来の新型コロナ(武漢型)に強く結合する32種類の人工抗体を選び出し解析した結果、選抜した人工抗体の97%は武漢型だけでなく英国型にも強く結合したといいます。さらにワクチン効果を下げると危惧されている南アフリカ型にも63%が結合したそうです。

この技術が実用化されれば、重症者の救命だけでなく、軽症者が突然重症化するのも防ぐことが出来そうです。

さらに新たな変異ウイルスが出現した際には、短期間で中和抗体を作り出せるようになるため、一刻も早く臨床の場で使えるようになることを願っています。